文フリ東京に参加したよ

文フリ東京からもう一週間が経とうとしていることに驚いた。月日が早すぎて言っている間に年賀状のデザインを考えなくちゃいけない。来年の干支はなんだろうからはじまる。


文フリ東京の感想を一言でいうと「人が多すぎた」。

大阪と京都からするともう全然何もかもが違っていて、開場前から人が並んでいる光景を見たときにぞっとしてしまった。

規模が大きくなることで懸念していたのは、自分に関してはすべてのブースを一通り眺めて楽しむことが出来なくなったこと。大阪も規模が年々大きくなってはいるものの、まだ全てのブースを見て回ることは出来た。そこで全く予定もなかったブースや作品に思わぬ出会いとかがあったりして。そういう一期一会の運命的な(?)、直感でぴびっときたものとの出会いみたいなのが楽しかっただけに、今回の東京は少し消化不良で終わってしまったというか…ほんとはひとつひとつゆっくり見て回りたかったなというのが本音だったりする…。

経済的にも毎年行けなさそうなので、2年に1度くらい旅行を兼ねて行けたらいいなあと思った。


あとはやっぱり東京は商業で活躍されている方も出店していたりとか、プロの方が多いなと思った。もちろんそれはいいんだけど、素人目線でいくとどうしても全体的にクオリティもイベント自体も敷居が高いなと感じてしまった。

なんというか突き詰めると今まで表舞台に出すこともなかったものをぼそぼそとアットホームな(ニッチな?)環境でお披露目会したかったのに、突然コンサートホールに投げ込まれたみたいな。

自分はもちろん素人だし表紙も何もかも自分でやってるし、そこまで自作の本につぎ込む資金もなく(ツテの友だちもいな)、そういう人の肩身が文フリに関しては年々狭くなっている気がする。

人や会場が多く広くなるほど見て回れなくなると、必然的に見たいところを予め決めておかざるを得なくなる。

その時にいちばん重要なのって小説に関しては表紙のデザインのクオリティだなと、今回特に思った。

別の見方をすると表紙デザインを凝らなければ、その作品が誰かの好みであっても、候補にすら入らないという悲しい話。そしてそのデザイン(装丁や本文用紙)を拘るにはより多くの資金が必要になるわけで。

デザインセンスがあればそれを補えそうでもあるけれど、自分にはあいにく無い。

だんだん他の人とのクオリティの差が大きくなって、自信が無くなって近い将来創作をやめてしまうんだろうと漠然と思った。


売れる売れないを目的に参加しているわけじゃない、けど出ているからには好きな人がいたら届いてほしいなとも思う(好きな人がいるかはさておき)。 

大きなイベントになっていくのは嬉しいけれど、そうなるほどに自分みたいなぼそぼそとしているサークルは、視界にも入らなくなっていくのかもなあと寂しくもある。

もう少しアットホームでじっくりひとつひとつのサークルを見て長い時間、推し作家さんとお話ができるイベントが出来たら嬉しいな、あと表紙のデザイン上手くなりたい反省を込めた思い出話とします。



文フリ東京戦利品。

表紙買いしてしまったものが多くて(自らへの戒め)、他の作家さんの装丁を参考にしつつ勉強もしたいなあと思った。やっぱりイベントに参加するといい刺激になって楽しいね。